不定期更新の"Viva プロレス!"第2回。
前回語ったように小学校低学年で芽生えたプロレスLoveだが、
5年生時の引っ越しを期に観戦機会は一気に減少。
しかし情報源は、ゴングに加え月刊プロレス、東スポ、ファイトも加わり
プロレス熱、アメプロへの想いは更にエスカレートしていった。
おこずかい、お年玉は全てプロレス・グッズへと形を変えた......
プロレス熱、アメプロへの想いは更にエスカレートしていった。
おこずかい、お年玉は全てプロレス・グッズへと形を変えた......
水道橋のアイウエオ会館で行われてた”海外プロレス8ミリ上映会”なんてのにも行って、ミズーリー・ヘビー級選手権”観ながら「次期NWAチャンピオンは奴だ!」なんて考えてもいたっけ。
その頃はピンクレディ、キャンディーズなどのアイドルやランボルギーニやフェラーリーなどのスーパーカーを抑え、テリー・ファンク がお気に入り第1位(猪木さんは別格)。
オープンタッグ決勝のブッチャー・シーク 組との一戦以来すっかり心を奪われ、それから続く年末の世界最強タッグ決定リーグ戦は1番お気に入りのシリーズに。
完全プロレス一筋のオタク小僧だが、「仮面ライダー」「ウルトラマン」「サーキットの狼」や「リングにかけろ」も大好きだったし、アメリカン・ヨーヨーにもはまったし、その当時の多くのガキ同様野球少年でもあった。
観る方ははオヤジの影響を受けアンチ巨人のスワローズファン!
スワローズ・ファンクラブにも入り神宮外野の芝生でホームランボール追いかけ走り回る日も多かった。
なんかプロレス話から脱線したが、昭和40年前後生まれの男子には共感してもらえるのでは?
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